
2025.11.19

社会問題の認知に留まらず、根本的な社会変容までを担いたい。
大学時代に飛び込んだ青年海外協力隊での原体験から、アイデアの力で人を動かすことに情熱を燃やしてきた宗村奈津さん。大手PR会社でのキャリアを経て、現在READYFORにて、クラウドファンディングやファンドレイジングにおけるPR戦略のコンサルティングを担当しています。
以前は、さまざまなプロジェクトに携わるなかで、PRの枠組みで社会問題を解決しようとすると、どうしても企業の商品やサービスに帰結してしまうことにもどかしさを感じていたと言います。
彼女がこれまで辿ってきたキャリアと、READYFORで目指す「社会課題の“世の中ごと化”」について、詳しくお話を伺いました。
宗村 奈津(むねむら なつ):キュレーター / コンサルタント
大学を休学し、青年海外協力隊として発展途上国で活動したのち、PR代理店に入社。PR コンサルタントとして、メディアへの露出戦略、そこから紐づくPR企画の提案、その後のプロジェクトマネジメントまで一気通貫で実施。2024年9月よりREADYFORに入社。現在はファンドレイジングをするうえでのPR戦略を中心にコンサルティングを担当。
─宗村さんは、大学時代に青年海外協力隊に参加されていたそうですね。
率直に、自分を変えたかったんですよね。当時、私はごく普通の大学生でした。何かを成し遂げたわけでもなく「このままでいいのか」とモヤモヤとしているなかで、1番過酷な環境に身を置こうと飛び込んだのが青年海外協力隊です。
派遣されたのは中米の国・エルサルバドルの市役所。課題として挙がっていたのは「市民の環境意識の向上」と「コンポストセンターの運営改善」でした。しかしいざ行ってみると、明確にやるべきことがあるわけでもなく、指示する人がいるわけでもなく、八方塞がりの状況。日本人は私ひとりで、拙いスペイン語でコミュニケーションを取らなければならないなか、最初の2日間は何もできずに立ちすくんでいました。
すべてを自分でゼロから作る必要がありましたね。ゴミ収集車に乗せてもらって町のゴミの分別状況を視察したりコンポストセンターを見学したり、地元の小学校に飛び込んで授業させてもらったり、ゴミ拾い大会を企画したり。さまざまな場所に突撃し、直談判を重ねました。

もともと自主的に動くタイプではなかったのですが、“自分が動かなければ何も始まらない”環境が私を大きく変えたと思います。指示されるまで待つのではなく、今やるべきことを考えて動くのが得意になりました。さらに、プロジェクトを推進するなかで、お金がなくともアイデアさえあれば人を巻き込んだり、意識を変えたりすることができるのだと学びました。
─帰国後、PR会社に就職したのはなぜですか?
“アイデアで世界を変えたい”という信念のもと、広告代理店を中心に就職活動をしていたのですが、最終的にはアイデア次第でいかようにも突破できる可能性のあるPR会社を選びました。
新卒から8年間、メディアへの露出戦略やPR企画の提案や、プロジェクトマネジメントなどを経験するなかで、伝える力やアイデアによって多くの人の心を動かせることにやり甲斐を感じていました。印象的だったのは自治体とのプロジェクトですね。観光客を増やすためにメディア戦略を提案し、実際にその場所がテレビで放映され、SNS上で「この場所に行ってみたい」という投稿が溢れたときは嬉しかったです。
クライアントすら気付いていないような、商品やサービスの価値を発見して言語化し、それが消費者に届く。当たり前だと思っていること、ニッチだと思っていることを再定義することで、自信を持ってもらうことが私の仕事でした。
─青年海外協力隊での原体験が、その後のキャリアと地続きになっているのを感じます。そんな宗村さんが、なぜREADYFORへの入社を決めたのでしょうか?
PR会社での仕事は楽しかったのですが、常にクライアントがいる以上、その枠組みのなかで社会問題を解決しようとすると、解決手法がどうしても企業の商品やサービスに帰結してしまうことにもどかしさを感じていました。もちろん、その商品が多くの人の手に渡ることによって解決される問題もある一方で、CSRの領域内に留まってしまうこともあります。PRをして終わるのではなく、その先にある根本的な社会変容までを担いたいとはずっと思っていました。

一度、自分のキャリアを棚卸ししたいと思い、転職先を決めないまま会社を辞めて、「自分が何がしたいのか」を突き詰めて考えました。立ち止まるタイミングだったんだと思います。READYFORのことはもちろん知っていましたが、ネクストステップとしてはフリーのPRコンサルタントや事業会社の広報などが頭にあり、選択肢には入っていませんでした。そんな中で、声がけをしてもらって話を聞いてみると、「あぁ、これは私が本当にやりたかったことだ」と思えました。社会課題の根本解決手段として、PRの力で共感をうみ、資金を流す。自分の興味関心と、8年間で培ったPRが掛け合わさったことに、運命的なものを感じました。
─社会課題解決を目指す団体や企業は数あれど、なぜREADYFORだったのでしょうか。
遺贈寄付を始め、法人や富裕層からの寄付など、社会課題解決を支えるための資金の仕組みを包括的に持っていることですね。お金の出し手である篤志家と向き合う人、そしてお金の受け手となる団体・個人と向き合う人がいて、会社のなかでお金の流れをきちんと作れているところがいいなと。
PRではアイデアを考えて、社会課題の認知までは取れるかもしれませんが、態度変容までを追うのは難しいです。それが、お金という形でわかりやすく成果が見えるのは革新的でした。印象的だったのが、認定NPO法人もやいさんの「葬送」プロジェクトです。

▲クラウドファンディングプロジェクト:もやいの「葬送」プロジェクト|身寄りのない方の「お見送り」を考える(https://readyfor.jp/projects/npomoyai2024)
これは、人が人として生きて亡くなることの尊厳をきちんと身寄りのない方にも届けるためのプロジェクトだったのですが、身寄りのない方が誰にも見送られないまま亡くなるというのは、この高齢化社会の中で起きるだろうなとは思いつつ、そこまで顕在化されていない課題でもあったと思います。

これがまさに、社会でまだ言語化されていない課題を可視化する“イシューレイジング”なのだと、自分のなかでひとつ視座が上がりました。シンプルにお金を集めて課題解決をするのではなく、現実を世の中に伝えることで、考えるきっかけを作り、お金を出してプロジェクトが動く様子を体感してもらうことで、確実に社会の意識を少しずつ変えていけると感じました。
─実際に入社してみて、どのような雰囲気だと感じましたか?
どの会社にも掲げるビジョンがあると思いますが、READYFORはそれが群を抜いて全体に浸透している会社だと感じます。「みんなの想いを集め、社会を良くするお金の流れをつくる」ことに共感して参画しているからこそ、同じ志を持った仲間が側にいるのが心強いです。
仕事の進め方も、クライアントと一緒にやっていくことはこれまでと変わりないですが、さらに距離感が近いように思えます。クライアントというよりも、一緒に目標に向かって頑張るパートナーという意識でともにプロジェクトに取り組んでいます。

─宗村さんのREADYFORにおけるミッションについて教えてください。
改めて、READYFORは社会課題が集まる会社です。毎日毎日多様なテーマでプロジェクトが立ち上がっているのを見ると、社会にはこんなにも可視化されていない課題があるのだと気付かされます。
一方で、寄付を集めたい団体がいたとしても、なぜこの課題が社会にとって大事なのか、その課題をこの団体が解決することによってどんな未来が生まれるかが、うまく伝わりきっていないことも多々あります。
国立科学博物館さんが9億円を集めたプロジェクトがありますが、これは単に研究の保全を目的に謳うのではなく、“地球の宝を守れ”というメッセージが多くの人の心に響いたことが、成功の鍵だったと思います。PRの視点からどうストーリーを組み立てて、どんな人を巻き込んで世の中ごとにしていくかを考えるのか。それが、私のミッションですね。
─これから挑戦したいことや実現したいことはありますか?
社会全体にイシューレイジングを行い、ファンドレイジングとPRを掛け合わせたことができるのがREADYFORなのだと広く知ってもらうことです。まずは、目の前の成功事例を積み重ねていくことから頑張りたいと思います。
text by いしかわゆき
担当 ファンドレイザー
宗村 奈津
キュレーター / コンサルタント
大学を休学し、青年海外協力隊として発展途上国で活動したのち、PR代理店に入社。PR コンサルタントとして、メディアへの露出戦略、そこから紐づくPR企画の提案、その後のプロジェクトマネジメントまで一気通貫で実施。READYFOR参画後はファンドレイジングをする上でのPR戦略を中心にコンサルティングを担当。
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